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東北地震を経た想いを全日選手が語る・その2 「全日本プロレスSP」を文字起ししました
 その2です。

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▼3・21 両国大会開催への決断

武藤敬司社長「被害のアレから見てとってもやれるような状況でもないだろういう声もすごく多かったんですよ。
ただ、そんな中で選手達はぶっちゃけた話被災』してるわけだ
この選手たちからは皆から“やりたい”という声があって、もちろんスタッフからもやりたいという声がいっぱい出て。そういう“開催したい”という方向では全日本プロレスは一丸となってましたですね。
だから開催した場合に『地震がきたらどうするのか?』とか、パニックとかの対処の仕方とか。もちろん、被害を受けた人達からの印象とかも気になっていたんですよね。
 ただ、もう俺たち、プロレスでずっと生きてるわけであって、自分たちのプロレスを信じているわけであってさ。こういう時でもできるものは“プロレス”だっていう気持ちは持っていたからね。
ただ、じゃあどうしたらできる?っていう。極力電気を使わずとか、そんな考えの中で結論、GOサインを出したんですけど。」


近藤修司「もう、いてもたってもいられないよね。地震があって何かしたいっていう。
何かの励みとかになるんであればね。何にもやらずウジウジと人の事を言ってるのが一番の悪だと思うから。何でもいいからするのがね。やらなきゃいけないことがあると思うから。

 誰かの為にプロレスをするっていうのは多分、デビューして初めて。今まで自分のためにやってきたから。初めて人のためにプロレスをするっていう気持ちになった。
多分、被災しているからこそだと思うんですよね。これは多分、被災していない全く関係ない人は何でもかんでも『不謹慎』とか言い出すと思うんですよね。僕はそんな事は無いと思うんですよね。被災したああいう所に行けば分かると思うんですけど、まずはコチラが普通になること“。そこからしないと向こうも普通になれないというか。コッチで買い占めとか色々あるけど、そういう事が無くなって普通にならないと向こう(被災地)も普通にならないと思うから。

 まぁ、あとは僕らが、被災した全日本が初めにああいう大きいところで試合をするという意味。
関係ない団体が大きいところでやるっていうのとは意味が違ってくると思うんでね。全日本の使命だと思いますよ。是非やるべきだと会社に言ったんですけど・・・」


諏訪魔「最低限の電力を使わせていただいてですね、ご理解をいただいて被災地のために募金活動であったり、出来る限りのことはやろうと。そうすればいつかは理解してくれるだろうという気持ちではいましたね。

 業界で(震災後初の)ビッグマッチになるじゃないですか?全日本が一発目ですよね。それをやる意味というのは重要だと思うんですよね。それはもう小さい会場でやることも意義がありますけど、それとはまた違った大きな意味があると、オレは思ってましたね」


TARU「状況が明らかになるにつれてオレも被災したけど何かせなアカンという、人としてね、居た堪れない気持ちになりましたね。
現場に行って人を助けようというのは(現場の)状況が分からないし、ましてやプロがいるんだから邪魔したら作業も遅れると思うし。

 オレが阪神淡路大震災の時の事も考えたのは、後々“お金”が必要になってくると思うねん。何もかも無くなって、街も一のみしてる訳だから。もう一回復興させるためには“義援金集め”やなと。
即効で銀行を走りまわったね。それで義援金の口座を開いて多少なりともそういう形で何かをしないとおれなかったというか。
銀行も断られたんやけどねぇ。なんとか三菱UFJ銀行の草加支店の人がそういう事をやったらということでブードゥの口座を開いてくれて。

ぁ、その時はそれしか頭になくって、その後に『両国やるんや』って思って。
でもあっても東京も凄かったっていうから両国なんか絶対にできないと思ったんよね。安全性から考えたら両国は危険やなというのが(頭に)あったんよね。
でもずっと両国大会に向けて選手が両国大会をしたいという事を聞いて、オレはやっぱりレスラーだからプロレスしかできないというのもあるし、プロレスでやっぱり元気になってもらいたいというのもあったし。
本当に普通に賛否両論あったと思うけどね、オレはブードゥやってるけどね、正直ね、両国大会開催を推してやった武藤敬司をリスペクトするよね


※TARUさんのひらかれた義援金の口座は以下です。
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【ブードゥーマーダーズ 東北地方太平洋沖地震義援金口座】
三菱東京UFJ銀行
草加支店(291)
(普)0112144
名義:VM TARU 義援金(ブイ エム タル ギエンキン)
※手数料は、各自負担
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▼3・21両国大会開催

カズ・ハヤシ(ナレーション)「両国大会は東北地方太平洋沖地震チャリティー興業として開催することができた。僕達選手はエントランスに達募金活動をおこなった。ファンの皆の思いが握手した手のひらからヒシヒシと伝わってきた。ブードゥーの義援金も日本赤十字社を通じて被災地へ送られる。この時ばかりは彼らをちょっと見直した。
大会は停電に備えて電源供給車両を用意しての開催。派手な演出も無くし必要最低限の設備。それでも場内は集まってくれたたくさんのファンの想いと期待で溢れていた」


武藤「ただ、プロレスってそれだけじゃないし、正直な話、その日は原発(事故)から初めて雨が降っちゃったんですよね。それでも満員こそならなかったかもしれないけど、多くの人も来ていただいたりして。やっぱ胸をうたれるものもあったりして。来てくれたお客さんの期待感も肌で感じたし、逆に演出もいらない雰囲気をさえも感じましたよね。

 みんな気合は入ってたような気もしましたよ。ただね。これはあくまでもプロレスですから、ライブでもあり、気合が空回りする奴もいれば色んなシチュエーションも起きるじゃないですか?ただ、みんな気合は入ってました。

 たぶん、プロレスっていうものは社会の縮図だとか言う人もいるけどさ、今、絶対に被災している所もチームワークとか見せなきゃ、必要な時だと思うんですよ。そんな人達にも今の全日本プロレスは凄いチームワークだってのを見せてあげたかったっていうのも事実だよね。

 変な話、ブードゥーの義援金も合わせて二百何十万とか集まってるんだけど、募金してもらってる時に声をかけてくれた人の中には福島から来た人とか、岩手とか来た人とか。『家が流されましたけど来ましたよ!』っていう人もいて。感動しましたよね。」


諏訪魔「もうね、活動をしてやっぱプロレスファンの人達も何かを被災地に向けてやりたいんだなという想いは凄く伝わりましたね。だからあれだけの募金が集まったわけで、一つにまとまりましたよね。選手だけでなくウチの被災したリンクスタッフ、関係者の方も一丸になった大会だったので、
今は日本が一つになろうとしているという、困難に立ち向かう姿勢は素晴らしいなと思いますね」 


▼オープニングで“brother”YASSHIを登場させた理由

カズ「ブードゥーが粋な計らいをしてくれた。二年ぶりに奴が、YASSHIが帰ってきた」

TARU「やっぱ気持ちが沈むじゃない。そんな中で第一試合を迎えるのが、せっかく両国に来たお客さんを沈ますのが嫌、元気を与えたかったからそこでBrotherに来てもらった。オープニングはいつも大和(ヒロシ)がやってて、いつもブードゥーが邪魔するねんけど、今回だけはブードゥーが頭をやらしてもらおうかなと。

『ごきげんちゃん』に感動したことは今まで無かったけど、さすがご機嫌ちゃんよね。さすがbrother。
言うちゃなんだけど、アイツは何かもってるよ。ましてやこんな時に来てくれたんだからね、嬉しいじゃん。
で、今回、全日本の方も、諏訪魔、近藤もチャリティーTシャツをつくって頑張ってるじゃない。
アイツらもブードゥーだからね。そうだからブードゥーは熱いよ、魂が」


▼世界ジュニアに挑んだ近藤、三冠王座に望んだ諏訪魔

■世界ジュニア・ヘビー級選手権試合 60分1本勝負
[王者]○稔(22分05秒 ミノルスペシャル→レフェリーストップ)近藤修司●[挑戦者]
※第29代王者が初防衛に成功

(試合後)近藤「オレがギブアップって言ったら、これから頑張っていく、震災を受けた人達が頑張れないじゃねえかよ。逃げれなくても死んでもギブアップだけは言わねえよ。」


近藤「震災してからずっとよぎったというか。実際に亡くなった人は見てないですけど亡くなった家族とかそういう人達は見てきてるんで。なんかね。気持ちがね。
別に(その試合が)その人の為にはなっていないのかもしれないけど・・・うぅん・・・複雑な・・・頑張るしか無いですよね、あの試合は。
チャンピオンシップだけどそれ以外にテーマがあるというか。
僕が生きて試合ができるいうことで励みになれればな、というか……腕が折れてたとしてもギブアップはできないですよね…。
もう逃げれないのは分かっていましたけど、負けなんだなというのは分かっていましたけど、自分の口からは絶対に言えない。諦めれなかったですけどね・・・」 


諏訪魔「別に悪いプレッシャーにはなってなかったですけどね。うん。でもいつもとは状況が違いましたから。被災者の方達を考えたこともありましたけど、やっぱプロレスというものを通して被災地の人達にもそうですし、日本中の皆さんにも何かを、元気を与えなきゃいけないなというのはヒシヒシと感じましたね
いつものビッグマッチとは比べものにならない変わった次元のプレッシャーでした。」


TARU「亡くなられた方とかには申し訳ないですけど、今生きてる方、これから生きようとする人達の力になることが俺達、“生きて被災して帰ってきた”人達の使命やと強く感じてるから。
だから両国大会は成功したかったし、今までブードゥーとして一切しなかったサイン会もして。今回だけは来てくれた客たちには感謝よね。
それで何か変われるなら。(それが)ブードゥーマーダーズの総帥としてやっていく道かな。それは両国で感じたね。

 あの両国に集まって同じ空気を吸ったお客さんと俺らプロレスラーは一生繋がっているでしょ。これから先は。
ブードゥーマーダーズ、全日にはびこって6年。その6年の意味合いが今、この震災によって皆一つになれたんじゃないかなって。
やっぱ死を直面するとね、人間は凄い力を出すし・・・凄いなって思えるね。
オレも阪神の時にいつ死ぬか分からんから覚悟決めて、誰か人に伝える表現者としてプロレスラーになったわけやから、こういう機会を若い選手たちがもっともっとアピールしていって、プロレスラーというものを皆に分かってもらったほうがいいね。
そしてまたゴールデンタイムで放送されるような良い時代がきたらね・・・。

 まぁ、何もかもが積み重ねやから。
こういう事があって日本も危機感を覚えたと思うしね。海外の人も助けに来てくれてるしね。色んな意味で勉強になったんじゃないかな。」


諏訪魔「こういう何か、募金だけでなく違った形でも色々あると思うので。このチャリティーTシャツもその一つ。被災地の人達の為に作ったという気持ちで。プロレスを通して盛り上げたいなと。諏訪魔會というものもそういう気持ちで出来ましたから。
 楽しみにしていたけどあの地震で来れなかった地域の皆さんもいると思うんで。それはオレにとってもやり残したことなんで、是非早い段階で行きて、プロレスをみんなで分かち合いたいですよね。もう・・・早く行きたいですよね。
 もう、自分の中でも『何か人のために、誰かのために何かをプロレスを通して役に立っているんだな』というのは今回の震災で凄く得たことなので、大切にこれからも皆さんに元気になってもらったりとか、エネルギーをドンドン与えれたらな、と。」

武藤「やっては良かったとは凄い思ってるんだけど、変な話、義援金を募ったってさ、プロレスファンの所でやってるからこんなに(義援金が)集まるけどさ、もしかして他の街に行ってやったってなかなか見向きもされなかったかもしれないじゃないですか?
プロレスファンに囲まれてたから許されてた部分も一杯感じたしさ。

新日本さん、NOAHさんにも背中を押してもらえたってことで決心できた部分もありますよね。
そんな中で、今、テーマとして何を表現していくかは“チームワーク”というかさ。プロレス界でまとまった姿をプロレスファンの皆さんに見せていきたいですよね。
俺達はプロレスしかできないし、俺達も光というかさ、頑張りますよ。みなさんも頑張ってください」

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被災した全日本の皆さんだからこそ訴えられるリアルな想い。
ゆっくりと、そして感じた想いをしっかりと伝えるべくリアルに伝えたみなさん。
改めて、映像で見られる方は是非とも見ていただきたいです。

プロレスから何が出来るか。
今、そんな部分で論議がおこっているところもありますが、想いは一つ。
それぞれの想いを、それぞれの形で。

想いの伴った行動はどれもが無駄なわけではないと信じたいですから・・・。

お疲れさまでした。



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| からし | SAMURAI | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
東北地震を経た想いを全日選手が語る・その1 「全日本プロレスSP」を文字起ししました
  今週の月曜23時に初回放送があった『全日本プロレススペシャル 〜チカラをひとつに〜』。 

3月11日に宮城県石巻市で興業を行うはずだった全日本プロレス。
その移動中、および現場で会場準備をしていた最中に実際に被災し、3月21日の両国大会を開催するまでのドキュメント。

二手に分かれて行動していた選手から諏訪魔さん、TARUさん。
そして、すでに現地で会場準備をしていた皆さんの中から代表で 阿部誠リングアナ
さらに、唯一、一人だけ別行動をとっていた近藤修司選手がリアルに地震にあった時のこと、そして両国を開催するにあたって望んだ気持ちを語る番組になっていました。

これからUPするのはその番組で語られたものの文字起こしです。
ただ、出来れば、今後放送される再放送などで、実際に選手の声、トーンを感じていただきたいです。
それによりもっともっと「生々しさ」が感じられ、身近なものに感じていただけると思いますので・・・。

※次回再放送 →9日(土)15時〜、10日(日)9時〜


地上波の情報番組を目にして感じるものとはまた大きく違った思いが必ず感じられると思います。
それほどまでに各選手の“声”から発せられる真実は重いものでした・・・。

3・21両国大会を開催できたこと。もっと言えば、全日本プロレスの皆さんが揃って帰って来られた事自体が「奇跡」だと感じられました。
震災から早くも一ヶ月が経とうとしています。
まだまだまだまだまだ長いスパンで復興を目指してみんなが頑張り、支えていくことを目指してやっていかなければいけませんが、今、あらためて色々考えるきっかけになればと。
では、長い内容ですが。




ナレーションはカズ・ハヤシ選手。
これまたいいナレーションするんだ・・・。

まずは武藤社長の冒頭の挨拶からスタート。

武藤敬司「全日本プロレスの武藤敬司です。今回の地震で亡くなられた皆様、心よりご冥福をお祈りします。そして被害を受けた皆様、お見舞い申し上げます。一日も早い復興を願っています」


▼3月11日 PM2:46 東北地方太平洋沖地震発生 
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| からし | SAMURAI | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
“鬼軍曹”は永遠に。Sアリーナ山本小鉄さん追悼特番を見ました
 昨日9月4日のSアリーナは山本小鉄さんの追悼特番でした。
ゲストには現在欠場中の天山広吉選手、そしてIWGP実行委員会の垣原賢人さん、そして東京スポーツ新聞社の柴田惣一さん。
それぞれの思い出、懐かしいVTRを交えながら、小鉄さんのお人柄などを振り返っていました。

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柴田「コーチじゃなくて、軍曹という方でしたね。最前線に立って自ら背中で選手を引っ張っていく。そして山本さんというのは“怒る”んじゃなくて“叱る”。怒るというのは一刻の感情から出るものだと思うんですけど、教育的な観点を持って指導されていましたよね。各選手それぞれの個性、考え方をちゃんと分かってらして、もちろん言う時にはガーっと言って、その後にちゃんとフォローをされていましたよね。本当にそれぞれ個人をわかっていらして。本当にそういう先生に僕も会っていたかったです。
マスコミに関しても新人記者でも何でも丁寧に接していただけて、“さん”づけでね、語っていただいたり。丁寧語でしゃべっていただいたり。別け隔てなく、難しい答えづらい質問にもキッチリ接していただいた。
あと一緒に並んで解説するときもあるんですけど、僕らはこういう選手の方達とやるときは非常に緊張しながらやるんですけど、山本さんは普通にしゃべらせていただいて。全くスムーズに周りに気配りができる方でしたね」

垣原「新日本に入団してから8年ですか?道場でお会いした時に還暦なのにすごい体してるなと、まず驚きましたね。
印象に残ってるのは『とにかくプロレスラーはどの競技の選手よりも練習量で負けちゃいけないと』。K-1の魔裟斗選手が凄いと聞いたりしてて。練習量。とにかく練習量というのは凄くおっしゃっていましたね」

天山「自分も入団する前に小鉄さんが校長のプロレス学校で入りまして、プロレスラーになりたい一心で京都から出てきて。でも入門してすぐ辞めちゃいまして、逃げちゃったんですけど、もう一回やりなおしたいという気持ちになった時に山本さんに気持ちを伝えて。最初は『なんでやめたんだ?』と凄く怒鳴られて怒られたんですけど、今度こそ逃げるなよ、と。それで山本さんに救ってもらっていなかったら自分はどこでなにしてるか分からない。山本さんには本当に恩人です。お世話になりました…」


■通夜の模様をVTRで
▼一報を受けて
天山「何かの間違いというか。最近まで本当に道場におられて、練習もされてガンガン元気にされていて。間違いだろうとビックリしましたけども…」

垣原「最後にお会いしたのは8月のG1ですね。その時は元気そうでしたので。『元気か?』と威勢のいい言葉もかけて頂いてたので、信じられなかったですね…」

柴田「山本さんの人脈の広さというかですね、通夜の精進落しの料理をいただいたんですが、選手は勿論、今は離れていらっしゃる地方のプロモーターの方、引退されているリングを組み立てたり運搬されていた方とか久々に懐かしい方々にお会い出来まして。あと、前田(日明)選手とですね、何年ぶりになるのかな?料理を向かいで差しビールをやりながら久々に話ができましたね。
本当にもう山本さんのおかげでこんなに多くの方に出会えたし、山本さんの導きでね、いろんな関係もできたしお話もできたし。本当にね山本さんの力というのがプロレス界にどれだけ大きかったのかなというのが分かりましたね」


▼前日3日の後楽園ホール・追悼大会を迎えるにあたって
柴田「第一報を坂口相談役からお電話いただきまして、とても信じられなくて、『どこの山本さんですか!』と大声で叫んじゃって。
僕も昨日の追悼試合、涙なんか出るかと思ったんですけど、花道の奥にベンチプレスのセットとかトレーニングの機械を置くスペースにいつも試合前になると山本さんが出てこられていて。色々と僕らに話しかけてくれていたんですけど、その姿がまじまじと浮かんできてですね…ほんと僕は涙なんかあまり流さないんですけど、それで涙が出てしまいましたね」
天山「やっぱり、山本さんには選手のみんなの父親的存在というか、じぶんにとってもオヤジ的な存在だったので。ほんと厳しくて頑固な人でしたけど、いろんな面で何かみんなを気にかけてくださっていたので…本当…こんなになるとは思わなかったですね…」
垣原「引退してから同じIWGP実行委員会としてやらしていただいて。会場であるたびに凄く心配していただいて。私、地元の方で子供向けの体操教室をやらせていただいているんですけど、それも気にかけてくださいまして。ミヤマ仮面をやってるんですけど、小鉄さんから『クワガタムシのキャラクターをやっているんだから、トレーニングの中にもクワガタムシの動きも取り入れなきゃだめだ』と言うことも言ってくださいまして。凄く真面目で堅いイメージがあったんですけどそういう頭も持っておられるんだなと。」


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藤波辰爾さんのコメントVTR
藤波「第一報をうけたときはびっくりですよね。長州選手から聞いたんですけど、二人して沈黙ですよ。最近はお会いしていなかったですけど元気の塊のような方でしたからね。未だに信じられない。
思い出ってまだまだそんなゆっくり余裕はないんだけど…。まず思い出すのは猪木さんの家の庭を崩して新日本の道場を建てたんだけど、鉄筋を我らが担いでね。それがいわば練習代わり。
住むところがないんでね、新日本プロレスの事務所のそばで寝ていてたりして。そこに小鉄さんが昼と晩にお弁当を持ってきてくれるのね。奥さんが料理がうまかったんで。そういう。思い出したらキリがない。
アニキであり、親代わりですよね。細かいことまでも気遣い、心配してくれる。
結果的に何の恩返しもできてないというのが。世話になってただけに、それだけ頼りがいがある。とにかくあの人がいれば問題が解決する。新日本の旗揚げの時にも地方に行く時に何か問題がある。その時には山本さんが自分で処理とかしていましたからね。
自分が新日本プロレスを離れて、顔を合わす機会も少なくなって、もう一度お会いして、お酒を酌み交わしながらゆっくりお話したかったなぁって。悔いが残るね。
 これも自分の話なんだけど、78年かな?
自分がちょっと日本を離れて海外に長期遠征をすることになった時に、山本小鉄さんに呼ばれて色んな食事をしながら結婚の話もうちあけたりしてたんでね。
プロポーズしようってなって、夜中2時に小鉄さんの家で電話させられてね。その翌日海外にいっちゃうんで。でもその時はまだジュニアとして定着してなかったんでね、その時に出たのが『3年待ってくれ』。『なんだその3年待てってのはは?』って言われましたけどね。」

初代タイガーマスク「私の第一回目の付き人が山本小鉄さんだったんですけど、猪木会長に橋渡しにしてくれた人だったと思います。
エピソードは『レスラーたるものと』いった感じでみんなに敬語の本を配ったり、礼儀作法を厳しく教えられた、そして反面では凄く優しい人でした。鬼軍曹という言葉がありますが凄く優しい人でした。凄く残念です。
思い出といえば、四国でしたか?付き人として、興行のお金880万円を僕がタクシーにおいてきたことがあります。その時慌てて電話をしているのを見て『どうしたんだ?』とみんなで慌てて、次のタクシーの運転手さんに電話して見つかりまして。その時に山本さんと一緒に頭を坊主にして。その時に私に『珍念』というあだ名が付きまして。それくらい可愛がってくれた人です。
山本さんの強さの側面もよくわかってますし、弱さ、弱さというか優しさの側面もよくわかってますし、その、縁の下の力持ちとして数々の大スターもいらっしゃいますが、その一人、それ以上にの功績に匹敵するくらい方だったと思います。本当にゆっくり眠ってプロレスを弟子たちが引っ張っていくのを見て欲しいです。これからの人もそういうのを引き継いでプロレス界を盛り上げてほしいなと思います」


大谷晋二郎「小鉄さんは大大大先輩。ファン時代に抱いてたほんとうに怖い“鬼軍曹”と言われたイメージは正直無いです。眼光は厳しいのはある。
でも『練習キツイか?』と声をかけられ、でも本当に憧れの新日本プロレスにはいれている喜びの方が大きかったので『キツイですけど幸せに思ってます』とよく言わせてもらってました。
『辛かったりキツイ時にはとにかく練習をしなさい』と言われました。『一生懸命練習してたら絶対に間違いなはないから』と。多くの人が言うかもしれないけど、山本さんから発せられる言葉はずっと忘れないですね。もしかしたらプロレスを引退しても離れない言葉かもしれないですね。
 当然、うちの若い人間というのは小鉄さんと接点はないですけど、山本小鉄さんというプロレスの鬼と言われる人がいたということ、言われたこと、想いを若い選手に伝えることは可能なんです。
山本さんが愛したプロレス界に踏み込んだ選手に伝えることは、僕の役割なのかなと正直ありますね。
橋本真也の息子もいる。橋本真也イズム、山本小鉄イズムを伝える。責任を背負ってると勝手に思っているので。いい意味で背負っていきたいです」

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 初代タイガーマスク選手の語り口調が実に寂しくて…。


三田佐代子アナ「天山さんは現在欠場中ですが、最近でも小鉄さんと道場で一緒になることがあったということですが?」
天山「ここ最近は道場で午前中の人がいないときにしっかりやりたいなって行くことがあって、そういう時はたいてい小鉄さんが9時、10時にいらっしゃる。キャデラックが止まってるんですよ。
緊張しながら入っていくと『おう!調子どうだ?そろそろ復帰すんの?』とかきかれたりして、色々心配してくださって。復帰するときは今までの天山じゃなくて、『天山、変わったな!と思わせなきゃダメだよ!』と。『色んな技なんかにしても考えなきゃだめだぞ』って色々話をしてくださって。自分にとっては凄くいい話をしてくださって
それで、自分は昔から胸に筋肉がつかないタイプなんですけど、昔から山本さんに体重を増やせと、飯をガンガン食えと言われて。あと、胸(のトレーニング)をもっとやれ、と。毎回、朝に会うと小鉄さんからガンガン胸をやらされたりして(笑)本当は肩をやりたいんだけど、山本さんがいるから…と思いながら(苦笑)
本当に最近もずっといらっしゃったんで、山本さんも調子がいいんだろうなぁと思っていだんですけど…」


▼昨年(09年3月)のグレーテストレスラーでのプレゼンターVTR
三田佐代子アナ「この時、バカ息子と紹介されたのは前田日明さんでしたね。昨日の弔辞は新日本の菅林社長、そしてもう一方は前田さんだったんですよね。それだけ関係が深かった」
柴田「ご遺族の方ともよくお話されてたんでしょうね。前田さん達ももよく鍛えられたと思ったんですけど、藤原喜明さんや小林邦昭さんなんかはもっともっと厳しかったようで。新日本プロレス道場の近くに水道局があって、その側に白樺の木があるんですけど、出刃包丁持った藤原さんや小林さんが『小鉄、コノヤロー』といいながら突き刺してたと。今でもその傷跡が残ってるそうで。でも、前田さんや天山さん、垣原さんの頃にはかなり優しくなってたんじゃないですかね。厳しさの中にも優しさがあったとは思うんですけどね」


▼清野さんとのSAMURAI TV“ニュージャパンライン”の映像
真壁選手がIWGP王者になって、これまでの苦労を涙ながらに語られるVTR。
三田佐代子アナ「真壁選手、中西選手の時と、努力してなかなか結果が出せなかった選手がベルトをとった時に本当に喜んでる小鉄さんの姿というのがありましたね」
柴田「色んな選手の面をいろんな角度からご覧になっていたということでしょうね。練習だけじゃなくて、普段の生活とか事細かくチェックされていましたよね。本当に素晴らしい先生でしたよね」


▼08年・昭和プロレス興行でヤマハブラザーズ一夜限りの復活
天山「人に言うだけじゃなくて自分自身もしっかりトレーニングされていた。レスラーを辞めたからってトレーニングしないということもなかった。素晴らしい先輩」

柴田「よく言われていたのが『プロレスラーは舐められたらあかんよ』。その言葉を自分で実践されてましたよね。
あと、スキンヘッド。ヤマハブラザースで活躍されていた頃。60年代70年代の反日感情がまだ凄い時にアメリカの床屋に断られて、その時から自分で簡単にセット出来るスキンヘッドにされたそうなんですよね。今や安全カミソリの達人でしたね。
僕があるときやられている時を目撃してしまって。本当に見事にやられていましたね。」


垣原「体調管理にも凄く神経を使われていまして。汗をかいたら冷えるじゃないですか。それでどこに行くにも着替を持っていた。いつでもどこでもケアをしなきゃいけないと」

▼3日後楽園ホールでの追悼大会のVTR&動きをチェック
三田佐代子アナ「天山に一つお聞きしたいのは復帰に関してですけど、そろそろいつというのは見えてきそうですか?」
天山「そうですね。復帰は今、自分自身調子がもどりつつある中で練習もガンガンできるような感じなんですけど、一日でも早くという気持ちでトレーニングをやっていますんで、もう少し待っていただければと。間違いなくリングの上で復帰する気持ちでいますので、よろしくお願いします」

三田佐代子アナ「最後に柴田さんから小鉄さんに関するお話を何か」
柴田「いつまでも下を向いていたら小鉄さんから『前を向け!』と言われると思うんですよ。
小鉄さんて非常におちゃめな一面もある方だったんですよ。ある時、小鉄さんが頭を剃られている時に出くわして『柴田さんも剃るの?あ、(カツラだから)取るのか!』と言われて、僕はさすがに小鉄さんがそんな事をおっしゃると思っていなかったんで返せなくて絶句してしまったんですよ。それが心に残ってますね」

三田佐代子アナ「皆さん、小鉄さんん教えをうけたレスラーってたくさんいらっしゃって、どこかで小鉄さんが見てるんじゃないかって気持ちは持ち続けると思うんですよね」
柴田「そうですね。本当に僕も小鉄さんが昨日の後楽園ホールに絶対にいらしたと思うんですよね。昨日の試合を見て、これなら大丈夫だと思っていただいたと思うんですよ。本当に、選手のみんなに天国から見守ってくださっている小鉄さんを納得させて、ストロングスタイル、これを新日本プロレスだけじゃなく、日本プロレス界で守っていかなければいけない」
三田佐代子アナ「レスラーは強くなくちゃいけないんだ、どんな競技の人達よりも練習しなければいけないんだという教えをね。キング・オブ・スポーツ、そしてライオンマークを考案されたのもね(小鉄さんでしたから)」
柴田「あのライオンマーク、最初に山本さんがライオンマークを書いたときには猫になっちゃったらしいんですけどね(笑)」
三田佐代子アナ「それをライオンにした、と(笑)はい。改めて皆さんもお迎えしていただきたいと思います。ありがとうございました」

++++++++++++++++++++++

山本小鉄さん=プロレスラーのお父さん。
それは新日本プロレスだけでなく、インディーや女子レスラーのみなさんにとっても。
それはVTRで拝見した告別式の模様を見て凄く伝わりました。
2年ほど前に大日本プロレスでの特別指導の様子もSAMURAIの他番組で目にしたりと、プロレスラーと接する姿が本当に我が子のように。

可愛い息子達に少しでもプロレスを通じて世間に幸せを運んで欲しい、そして誇りを持って欲しいというのが伝わりました。
何でもかんでもリングに上がって名乗れば“プロレスラー”といえる時代。
良くも悪くも、様々な形の選手を楽しめるような時代。
そんな時代にあって、昔からのプロレス、プロレスラーとしての姿の象徴とも言っていいお方だった小鉄さん。
高齢とあってもトレーニングを欠かさず、ありえない肉体で“プロレス”を示しつづけた小鉄さん。
そんな小鉄さんに恥ずかしくないプロレスを私も大事に見ていきたいです。

お亡くなりになったとはいえ、鬼軍曹としての厳しいまなざしは今もすぐ側に。

本当に安心して見ていただけるように、みんなで頑張っていきましょう!

プロレスはキング・オブ・スポーツ!!
改めて、ご冥福をお祈りいたします。

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| からし | SAMURAI | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
橋本大地くん、Sアリゲスト出演
 今日のSアリーナでは崔領二選手がMC、橋本大地くんがゲストでした。
大地くんがこういう形で番組に出るのは初めて。
少々緊張の表情をみせながらも、話すときはしっかりと二人の方を向いて。
ただ、その分、カメラ目線はさすがに少なかったかなw
それもまた初々しいw

++++++++++++++++++++++

▼週プロ表紙
佐藤「勇気がいったんですけど、先週辺りから旗揚げ10周年記念をやるらしいという情報が入ってきましたんで、正式発表前でしたけどちょうど別の企画で大地くんの写真をとってたら男前で。お父さんの面影を感じさせて。1番いいのを表紙にしました。無謀かもしれませんけど、そこに突進していくのがZERO1イズムだということで。おもいきって。デビュー前に表紙になったのは馳選手くらいですかね?」
大地「すいません(汗)マヌケ面です。親が保管してます。親は買った当日に『見た』とだけ。
プロレスラーになろうと思ったのは中1の終り頃ですかね。ちょうど父親が亡くなった時と同じくらいで、はい。プロレスラーになろうと思ったことを母には直接的でしたかね?リングを通して言ったのが初めてだったかもしれないですね。
父の試合を見てなろうと思ったのではなく、亡くなってからですね。なろうと思ったんじゃなくて、“ならなきゃ”って思ったんです。」


佐藤「1番物心ついたときにお父さんのファイトを見たのはどんな姿でした?」
大地「結構ちっちゃい時だったと。新日本プロレスにいた時でしたね。その時から僕は会場内を走り回っていた、と。戦っていた記憶があるのは小川(直也)戦の時。
僕はあまり状況を理解していなかったんですけど、1番覚えているのは引退試合の時だったんですよ。引退するんだぁ…くらいの気持ちで見てました。小さい時から客席から見てそこ(リングの上)にいるのが当たり前だったんで」
「僕がですね、2002年に初めて試合をしたときに小笠原和彦選手と試合をしたときにすごい緊張して、自分が試合終わってメインも終わって、両国の大きいお風呂があるんですけど、そこに橋本さんと大地が一緒に入ってたんですよ。当時は小学生。だからもう時の流れを感じますよね。まだ小学生っていうあの時のイメージなんですよね」
大地「僕もそれ覚えてるんですよ。『来い』って言われて」


▼小川戦で「お父さんの周辺はとんでもないことになってる」っという感じで見てました?
大地「いや、辞めてから『あぁ、やめちゃった。この後どうするんだろうな?』とは思ってましたけど、多分、後々になってまたやるんだな、って。なんか知らないけど思っていたんで。どうなんでしょうね、全く考えてないというか。
復帰してゼロワンになって父が変わったっていうのは…どうなんですかね(笑)
僕はその時まだずっと家で待ってる側だったんで。なにしてるんだろうって?」


あと、まだ小さかった大地くんは地方巡業中のお父さんの姿を知らないと。
崔さんはそういう面も見せてあげたかったかな、と。

▼お父さんがデビューした新日本という舞台とゼロワンという舞台、デビューする舞台として迷いがあったってきいたけど、実際のところは?
大地「父が一番最後に作ったのがゼロワンだったんで、凄く愛着があるというか。(新日本の頃は昔過ぎてあまり覚えていないってのもあるかな?)はい。
プロレスの巡業についていってみて、見方ってのが全部かわりましたね。客席だったのが関わりを持ち始めたということで。
ゼロワンの先輩たちは優しい面も厳しい面も両方あります。
なんとなくゼロワンにいるってことに対して、物凄い甘えちゃいそうで怖いんですけど…」


▼去年の9月にキックボクシングでリングデビューを果たして
大地「いやぁ(照)橋本コールは覚えてないです。2分2ラウンドは短く感じましたね。凄いスピードですすんでいきました。今だったらもうちょっとやっていたかったというふうに言えると思います。」

▼大谷さんからメッセージ
「期待はみんなが持ってるものなんでね、あえて僕からどうというのはないですけど、でも、本人が思っている以上にもうちょっとキツイ目にあわないと。うん。プロレスラーとしてみんなが期待している重圧に押しつぶされちゃうと思うんで。そういう期待にこたえられる体と精神をもっと鍛えるために、もっと苦しい思いをしてもらわないといけないと思います。それは練習しかり、雑用しかり。いろんな面で。
やっぱみなさんが橋本真也の息子という見方をするけど、でもそう見られるのは仕方ないけど、やはり“橋本大地”のデビュー戦という風にしてあげたいなと思いますね。“橋本大地”として独り立ちさせてあげたいなという気持ちがありますね。みなさんの期待が大きいだけにね。
スター性は当然ね、素質があるからこそみんなが期待するだろうし、うん。スターになる要素は充分に有り過ぎるくらいあると思いますよ。それを僕は花開かせるかどうかは、僕らもサポートするけど、本人次第じゃないですか?」


大地「ほんと、ありがとうございます」

▼橋本真也を振り返る。

大地くん→「おみやげを買ってきてくれる。破壊王専用おもちゃをさわると怒られる。」
 破壊王専用おもちゃってwwお土産と一緒に自分のも内緒で買って来てたそう。
触ると物凄く怒られたそうですw
崔選手もその手の経験があるそうw
さすが破壊王www

崔選手→「沖田事件 2002.8.24」
 破壊王が遅刻だらけでリングアナの沖田さんが30分だけ早めの時間を教えたところ、その日だけ時間きっちりにやってきて、その後ボッコボコに殴られた事があったんだそう(汗)
この件についての他のエピソード等は崔選手のBLOGのほうに書かれるそうですw
http://sairyoji.blog.players.tv/

佐藤編集長→「風呂入っていけよ、佐藤ちゃん!」
 新日本時代の12月に外での取材が終わった後に、合宿所で心優しき一面を見せてくれたというホロッという話。
おもしろ奇天烈エピソードとともに、こういう暖かなお話も多いですよね。
そこが人間・橋本真也の魅力。

▼大地くんへの視聴者からの質問・メッセージ
好きな食べ物は?
大地「餅です」
明日地球が崩壊するとしたら最後に食べたい食べ物は?
大地「餅です!」
今一番食べたい食べ物は何ですか?
大地「餅です!!!」


餅だらけwwwそんなに好きなのかw
ちなみに一番好きなのは“砂糖醤油”だそうですww

大地「デビューに向けて頑張りますので、よろしくお願いします!」
++++++++++++++++++++++

 週プロの表紙になったのを見たとき、なんだか必要以上にマスコミに持ち上げられているような気がして、少し複雑な思いもしましたが、大地くんはあいかわらずしっかりと前を見たコメントを。
時に、年相応な照れ笑いを浮かべるのを見るとやっぱり暖かく見守ってあげたくなります。
大谷さんがおっしゃった「橋本大地」としてしっかり見守ってあげたいので、その為にもゼロワンさんも土台をしっかりと作ってあげてください。
決して、派手な演出をするとかいう意味ではなく、ね。

大地くん、デビューまでの期間、しっかりと頑張ってすばらしいデビュー戦、見せてくださいね!

まずは、火祭り!

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| からし | SAMURAI | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
【プロレス】川田さん、改めて色々心境を語る。
 昨日19日のSアリーナを見ました。

ゲストは川田利明選手。

26日からまた始まる新ハッスルの事からスタート。
ただ、川田さんご自身も全く分かって無く、三田さんがフォローをしていくという、変な感じに(汗)

 そして、その後触れられたのは、やはり三沢さんの事。
その話題に移ると、途端にうつむき加減になり、ゆっくりと何かを抑えながら話されているような感じに。
基本的に語られていたことは週プロに掲載されていたインタビューと同じ。
ただ・・・何と言うか……、本当に川田さんが潰れてしまっているというか…。
今週の週プロのインタビューの内容を見ても凄く心配になっちゃうような内容だったんですが、実際に語られている様子を見ると、想像以上に……辛い。

終始、暗いトーン。
御本人は三沢さん追悼興行、次回のハッスルと気合を入れて望まれるという意志を表明されてましたが、その声に力が無く…。
なんだか、期待感とかよりも、“心配”という感想だけが残ってしまって…。

川田さん…。
本当に大丈夫なんだろうか…。


+++++++++++

▼ハッスル・川田利明として出るのは初めてなんですよね。
「そうらしいんですよね。今までは“モンスターK”がついてましたから。でも、ハッスルの今の流れが分かんないんですよ。色々説明したいんですけど、僕に聞くのは野暮かな?」

▼ハッスルエイド09・高田総統の最期、ハッスルの流れが新たなものへ。
「高田総統の立ち振る舞いには“地”の部分があったと思うので。最後に消えていく場面は両国国技館の一番上の部分でアンジョー司令長官とずっと見てました。そこが一番寂しいですね…。掛け合いが無くなっちゃったのが寂しい部分。」

▼マグナムTOKYOとエスぺランサーとの闘い
「マグナム自体がハッスルに出て日にちが経ってないんで、そんなにマグナムに感情はない。ただ、総統を消したことに関しては許せないかな。」

▼エイドの前から総統最後の舞台になる事は発表になってましたよね。
「モンスター軍の中での動揺っていうのはありましたよね。支えてきてくれた人がいなくなっちゃうんですから。それで最後は分解」

▼エイドが終わって、モンスター軍も無くなり、川田さんはどういう感じでハッスルと関わっていこうと?
「今まで支えてきた総統を消し去ったRIKIが許せないから、俺としては復讐をしたいという気持ち。高田総統がいなくなったからといって自分がNo1になる気は無かったですね。
どんな世界でも一緒なんですけど、僕、昔から“No1”が嫌いなんです。その下で自由にしているのが好きなんです。司令長官もあの位置が大好きだと。」

▼RIKIがリーゼン党結成
「あの結成会見は一体何が何なのか分かんないですけど、その何だかわからない人が出てくるからハッスルはどうなるんだろう?って益々分かんなくなってきちゃって。」

▼RIKIの『LOVEマシーン』のPVに長州さんと高山さんが出演していましたけど、見ました?
「見てないです。高山、長州を引き連れてやってくるのかとかは全然分かんないですね。だから最初に俺に聞かれても分からないと。」

(3分30秒あたり)

▼9・26後楽園ホール マグナム&坂田&TAJIRI vs 天龍&川田&安生
「この組み合わせを見て、俺、出ていいのかなぁ?って。さっきポスターとチラシを見たら俺でてないし…。ちょっと悲しかったですねぇ。(ナレーターの)若林(健二アナ)さんが夜明けのマルシェに出なくなるくらい悲しいですよね。ダイエットシューズで走ってる姿は最高だったんですけど。
 マグナムに対してはあんまりまだ分かんないですよね。シングルやりましたけど、あれだけではまだ。負けたって事実だけが残ってて。今後、RIKIに対して組むかどうかってのも分からないけど、俺自身はやっぱり総統を消したってのは許せないって気持が。ダンスは周りの女性は上手いですね(笑)
 坂田は何て言っていいんだろう?なんでリングの上でこれだけプロレスができるのかなって。そんなに回数も上がってるわけでもないのに。生まれつき持ったセンスでしょうねぇ。これも一緒に組むかどうかってのも分かんない。
 TAJIRIの活躍を見てると、本当に今までに居なかったレスラー。異色じゃないですか?ただ、今まで居なかったってのは日本が面白くなかったんでしょうね。やっぱ特殊だから、今の日本にこういう選手がいないから目立ちますよね。人と違う事をやってるというのには勇気がいると思うんだけど。小鉄さんに怒られながらも新日本であれだけ貫いたってのは凄いと思いますよ。
 この6人タッグがどういう試合になるかは分からないですけど、その後、両国でキングRIKIへの流れが見えるかもしれないし、見えないかもしれない。みんなそれぞれ個性が強いから一緒ってのは(無いかも)。

 それよりもRGが菊地さんと。そっちの方が気になりますね。火の玉ボムは間違いなく喰らいますね。」


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 そして、ここからの話題でまた表情が沈む…。

▼NOAH 10・3三沢さん追悼興行出場。三沢さんの死。
「一番身近な存在でいたんですけど、やっぱり、その、最後に一緒に頑張ってやっていたのはNOAHの選手たちなんで、その選手たちを差し置いて俺がコメントする事でもないなって思ってたんで。今は少し落ち着いて話す事も出来るようになったという感じ。」

▼久々に田上さんと組んでのカードについては?
「KENTA選手は当たったことないんで心配ですね。練習生の頃少しの間だけ。」

▼NOAHのリングにまた上がる事になったというというのは?
「正直に言うと、対戦しなくてもエースの三沢さんが元気で上がってるリングに上がりたかったのが正直な気持ちですね。いつかまた同じリングに上がるとは思ってましたけど…。」

▼軽々しくおっしゃれる事ではないと思いますけど、こういう事があってもまたプロレスのリングで闘っていこうという気持ちになったのは何が?
「僕の場合、三沢さんが離れた所でもリングで頑張っているんで自分も張り合いがあった。
そこが…凄い辛いですね…。いなくなっちゃうというのが。元気で頑張ってる姿があったから自分もプロレスに対する意識が張っていたという部分があったんじゃないかなと。うん。本当に、気が緩んでるというか、抜けちゃってるっていうか。そういう状態なんで。ただ、そういう状態でリングに上がるのは失礼なんで、その時は気を引き締めてリングに上がるつもりではいますけど…。」


-------------
▼9・21 橋本真也さんデビュー25周年大会出場 (大谷&田中 vs 耕平&川田)
「橋本選手というのは自分が闘った中っていうのは、そんなに絶好調な時ではなかったので。お互いどこか痛めている時で。」
 今回、ZERO1のリングに上がるのは、やっぱりあれだけリングの上で関わった人間ですから。これは(オファーを受けたら)出るのは当たり前ですし、一つ、橋本選手のお子さんが頑張ってる姿も見てみたいというのも。」

--------------

以下、視聴者からの質問。

▼リーゼン党が結成されましたが、リーゼントにしてみたいですか?髪型にこだわりは?
「リーゼントしたくないですね(笑)。(今や長州さんもリーゼントにする時代ですよ!) 流れは変わりましたねぇ〜。」

▼田上さんとののど輪とバックドロップの合体技を決めてください。
「(笑)それはタイミングが合えばでるものだから。」


▼今まで田上さん以上のパートナーっていましたか?
「うぅん……やっぱり三沢さんでしょうね。」

▼ハッスルに入団したマッスル坂井選手の事をどう評価されてますか?
「誰????知らなかったです…。厳しい指導とかは僕のやる事じゃないし(笑) 若林(アナ)に任せます」


▼最後のメッセージ
「さっき紹介された3つの試合。どれも気合を入れて頑張りますんで、見に来てください。よろしくお願いします」

今後しばらく、歌とか踊りとかも、何にもやる気が起きないんだそう。
「流れが分かるまでは、自分から『このやろう!』っていうような気が起こらないんですよね。流れが分かれば。また頑張ります。」



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| からし | SAMURAI | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
【プロレス】帝王、かく語りき
 5日のSアリーナのゲストは8・30両国で三冠戦をおこなった高山善廣選手でした。


NOAHの解説の時もそうでしたし、このSAMURAIに生出演される際にはいつも物凄い高山節が炸裂するんですが。今回も例にもれず。
痛烈な言葉を三田佐代子さんとの軽快なやり取りで、面白さも感じて凄く印象に残る内容でした。

中でも、面白かったのはお子様トーク。
(三冠とかじゃないんかいww)

++++++++++++++++

▼夏らしい事しました?
「ちらっと海水浴に。ライフセーバーやってたのに泳げません。本当にビックリしました。ウチの奥さんも同じで。体系も変わったし、泳ぎ続けてないから。
三冠戦の後にディズニーランドに行きました。ドナルドと写真を撮りました。そんなことしたの初めてです。全部子供のために。楽しんでいたのを見るとよかったなって。」

▼両国のダメージの方は?
「三冠戦のダメージは多少残ってます。ボンボン投げられたんで首が。」

▼諏訪魔との三冠戦決定まで
「(最初に諏訪魔がアピールしていた)4・29武藤&小島&諏訪魔組との闘いの時は武藤しかみてなかった。
(その時は鈴木みのるが挑戦表明。そして6・21で諏訪魔にジャーマンでとられる)
その時に認めたんだっけ?最初のうちはあまり認めてなかったんだけど、決まっちゃってからは挑戦者なんだな。って。ジャーマンで獲られたからね。」

▼諏訪魔戦
「諏訪魔は俺とやりあっていく中で“大きい選手とやりあっていくにはどうやればいいいのか?”ってのを学んだんじゃない?
良い方に変わったもん。彼なりに考えてやってたのがでたんじゃないかな。

試合終盤の頭突きで額が切れたのは自分だと思わなかった。
グーパンチは諏訪魔が先にやってきたから。
そこは(鈴木)みのるちゃんとやった時に言ってた言葉“真似できるもんならやってみろ”を覚えてたのかなって。
あんなに褒めたのはホントに諏訪魔が強かったし、ビックリするような事してきたし。充実してた。
だからこそ、試合後に水を差したオッペケペー(小島)が許せない。
“オッペケペー”って言葉は咄嗟に出て、「通じるかな?」って不安になっちゃった(笑)僕の友達がよく言うんで。

試合はその前の試合の馬鹿チョップ合戦(小島組vs小橋組)が長かったんで待ち疲れしちゃって(笑)
眠くなっちゃって、最初は凄く体が動かなかったんですよwwそれで場外に投げられて余計動かなくなってww
三冠戦がメインじゃなかった事?
別に今はいいです。決まった時も25周年記念興行だし、あ〜だこうだ言ってもしょうがねえかなって。」

▼船木誠勝
「船木さんとは全く接点がないです。
メインは途中まで見ました。ヘッドロック一つで沸いて得ですね。
よくあるじゃないですか?赤ちゃんが初めて立ったのと同じ感じ。クララが立った時とか(笑)
2回目からはソレはないから。まぁ、その時までに何とかすれば良いって事で。
(みのる選手は)その後はとくに何も。普通に飯を食いに。
興味は今は特に…分かんないですね。」

▼火曜日に船木さんがゲストに来た際に、船木さんがGURENTAI入りするには「鈴木みのると交換では?」っていってました。
「ははははwwwそれは無いでしょ。鈴木みのるがいてGURENTAIですから。
みのるちゃんとの一騎打ちは賞味期限きれないうちにね。」

船木さんのゲストの回は此方
http://kimagure-guda.jugem.jp/?eid=1615


▼小島組 vs 小橋組後のコメントVTRを見て
「チョップしすぎて頭に何にもないからね(小島)。試合後のコメントもやる前から決めてたような言葉でしょw
あの人(小橋)のコメントはいつも淡々としてるからねw
この試合は小橋建太が癌になってちょっと落ちたからちょうど良いくらいになったんじゃないかな。
悔しいけど癌になる前の全盛期は本当に凄かった、強かったからね。俺に勝ったんだから。」

▼9・26横浜での三冠挑戦決定記者会見の小島選手のコメントを見て。
「決まっちゃいましたね。僕は会見に呼ばれなかったです。全日本の作戦ですね。
僕に対して『器が小さい』って言ってたけど、そうなんですかね?
彼を喜ばしてもしょうがないじゃん。お客さんを喜ばしてなんぼ。
僕が『オッペケペー』って言ったらドーッって沸いてたじゃんw
来づらかったら止めときゃいいのに。一度頭に決めたら馬鹿だから行くしかなかったんじゃない?
試合も小橋から獲ったんじゃないしね。」


 小島選手もBLOGでこの時は来づらかったとUPされてましたね。

---------------
▼コジログ 9月1日『屈辱をバネに…』
http://ameblo.jp/f4koji/entry-10333143307.html

(一部抜粋)
場内、感動の拍手。
“ここで自分が入れば…絶対にこの雰囲気はブチ壊れる”
そう予想をして、一瞬だけ躊躇しましたが…足が勝手に動いていきました。

お客さんも、大多数が高山選手を後押し(支持)していた。
そりゃそうだ…あれだけの素晴らしい激闘の余韻をブチ壊したんだから。
でも、行かずにはいられなかった。

-----------------


「(小島との接点は)無い。嘘です。
Uインター時代。ゴールデンカップス時代に安生さんと組んで、西村&小島組。
オーストリアでも謎の東洋人“ジョジョ・リー”と。
ジョジョ・リーってワケ分かんないでしょww だからオッペケペーなんですよwww
井出達はムタのパクリ。ムタが偉大なのか、真似するやつが馬鹿なのか。
小島がベルトを4年巻いてない?
それだけいらない人だったんでしょ。チーム組んでたらタッグベルトくらい巻くでしょ。大失敗。」

 海外遠征の際、日本人選手はその国のプロモーターから「ムタっぽくやってくれ」と言われるという事はよく聞きますね。
小島さんもそんな感じだったのかな?


▼船木さんと鈴木さん。
「船木さんとの関係は鈴木さんからは色々聞いてますよ。そういう事ならそうなっちゃうんじゃないのって。
横浜の一騎打ちは単純に、プロレスを極めた男 vs キャリアの浅いレスラー。
格闘技どうこうは関係ないです。
(鈴木さんとの)差を知る事になると思いますよ。」

▼23日の鈴木&論外 vs 曙&浜のアジアタッグ
「冷房ガンガンきかさないとね〜。暑いですよ〜。デブ二人がいたら。
挑戦者の二人は体が大きすぎてベルト巻けないでしょ。巻けない人がやっちゃダメです。
王者は半年やらないって言ってたのに。
やるやらないって決められないの?GURENTAI潰しは人気モンだからしょうがない。全日本の陰謀?

王者組はペチャンコに潰されないように気をつけてくださいww
NOSAWA君、せんべいや一旦木綿みたいにペラペラにならないように(笑)
なりそうだもんねwww似合うじゃんwww気をつけてください(笑)」」

▼開幕戦の後楽園ホール大会 小島との前哨戦。
「(カードを見て)KIYOSHIって誰?(小島さん関係ない)
雷陣か(笑)知らなかった。帰ってくんの。なんでKIYOSHI?ビートきよし?

小島の場合は諏訪魔みたいに後から挑戦を認めるってことは無いと思いますよ。
どこが?って。言わせるんですか?そんな酷い事。口が裂けても言えません(苦笑)
『いっちゃうぞ、バカヤロー』ってバカって自分で言ってるんですよ?
客との一体感って大事だけど、彼のは言った後は嫌な感じになっちゃうよね。
タイトルマッチは第1試合で充分だよ。
アジアタッグをファンに戻ってみたいもん。」

三田佐代子アナ「小島さん、頑張って!」
高山さん「なんで向こう応援すんのwwwww」


▼9・11後楽園ホールのリアルジャパンで初代タイガーと一騎打ち
「豚虎とね(笑) タイガーピッグでしょwww
佐山さんともゴールデンカップスで闘ってる。
石川孝志さんとのコンビで、東京プロレスで。(石川孝志&初代タイガーvs高山&安生)
ニードロップが痛かったです。当時から豚でしたから。
(最近のVTRを見ながら)あのマスク脱いだら橋本真也さんなんじゃないの?」

 タイガーピッグwwwwww
三田さんは焦りまくりww
失礼ながら、大爆笑してしまいましたwwww

「俺は初代タイガーには憧れとかなかったんで、感慨深くは無いです。あんなにカッコ悪くなかったもんww
今ガンガン痩せてる? ウソでしょww何言ってんすかwww
楽しみってのはないですね〜。
進退を決めると?じゃ、やんわりいってあげますか。51歳? 年寄りには優しく」


▼高山さんに聞いてみようその1。三沢追悼興行で武藤vs小橋実現?(東スポに小橋&X vs 武藤&田上が報じされる)
「そうなんすか。ふ〜ん。僕の参戦?無いんじゃないですかね?チケット買って見に行きます。最前列で。」

▼高山さんに聞いてみようその2。真壁G1初制覇
「別に。獲ったんだなぁ〜って。頑張った姿ってあまり見てないんで。(昔組んでた時に)俺の背中を見て学んだってことだよね。」

▼高山さんに聞いてみようその3。民主党圧勝
「期日前投票に行きましたよ。大人の義務です。期待することは無いです。民主党は政権交代が最大の目的であって、その後の政策は無いんじゃないかなって。色んな事をいってるだけで」

高山さん、社会を大いに斬る!!
凄い!

▼三冠のベルトは?
「昔は3本あるから意味があるとか言ったけど、実際に持つと面倒くせぇんだよw。タコ(武藤)が一本にまとめようとか言ってた気持ちが分かるよ。」

三田アナ「でも、ブンブン振り回してんすけど、リングサイドに子供さんがいると触らせてあげますよね。あれ、いいですよね」

「あれはねぇ〜。子供ができるとそうなっちゃうよね。それまでそういう事考えなかった。やばいっすね〜。そこが(子供)弱点です。人質にとられたらヤバいです」

三田アナ「子供さんはプロレス見ます?」

「諏訪魔戦の翌日にヘッドバットやってきて凄く痛かった(笑) いつも本当に軽く二人でやって『痛ててて』とかやるんですけど、その日はそれでもスッゴイ痛かった(笑)」

 帝王も人の子ですね(笑)
子供さんの事を話す時は凄く良い表情をされてますw


▼最後のメッセージ
「横浜は第1試合で三冠戦をやりますので御ゆるりといらっしゃると見れません!ご注意ください!」

 いやいやwwwちゃんとメインで行われるはずですので、お間違えのないように(笑)
チケットはお早めに!


--------------

 試合後のコメント同様にこの日も諏訪魔さんを高評価。
こうやって改めて高山さんの言葉を聞くと、新生・諏訪魔に変わったというのを強く感じられますね。
この度は残念でしたが、王者が“高山さん以外”になれば、大いにチャンスはある?

 そして何よりも、初代タイガーさん(笑)
もう、何度も色んな所でダイエットネタが出てますが、今回のタイガーピッグは一番笑っちゃいましたw
速攻で頭に想像できてしまったww

 あと、あまりにも高山さんが小島選手をケチョンケチョンに評するので、三田さんは終始、小島選手のフォローで大変そうでしたww
最後のメッセージの後には「何で向こうの応援ばっかすんのwww」って高山さんも嫉妬?
それに三田さんはワザとらしく「高山さんも応援してください(ハート)」と。
「全然おもってないじゃんwwwww」
三田佐代子さん、お疲れさまでしたwww

小島さん、三田さんのためにも頑張んなきゃダメですよ!!


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【プロレス】「全日本プロレスに帰ってきました」 船木さんがSアリーナ生出演
 火曜日のSAMURAIのニュース番組S-ARENAに先日見事な復帰戦を見せてくれた船木誠勝選手がゲスト出演されていました。

こういうニュース出演は非常に貴重。
名前のクレジットの上に『全日本プロレス』って文字があるのが、本当に帰ってきたんだなぁ〜って、不思議な感じがしました。



基本、ずっと真面目な表情にしっかりとした口調で応えておられましたが、ちょっと瞬間にみせる照れくささのような感じも見え隠れしていて、失礼ながらも、「ちょっと可愛い人なのかな?」という印象を持ちました。
鈴木さんの事を話す時も多少、表情は変えなくても、淡々と。
さすが、鈴木さんの事をよく知っていらっしゃるというのか、挑発を返すのではなく、威風堂々と。

そして何よりも驚いたのが記憶力。
「いついつのどこ」というのを本当にハッキリと覚えてらっしゃるのはビックリでした。


================
※▼は三田アナ



▼今週の週プロの表紙はいかがですか?
「新鮮ですね。」

▼「おかえりなさい」という言葉でいいんですかね?
「そうですね。新日本出身なんですけど、“全日本プロレスに帰ってきました”。」

▼純粋なプロレスの世界に帰ってこようと最終的に背中を押して決意させたものとは?
「2年前に総合に復帰する前に武藤さんと対談(SAMURAIのVersusu)した際に、一段落したらコッチの世界も手伝って、と。その時から『プロレスはやらない』という気持ちは“全く無かった”ので。総合でもプロレスでもどっちでもいいと。声がかかればいつでも、という気持ちでいました。」

▼ここまで色んな世界で活躍されていても、いつかはこの世界に戻るだろうという気持ちはあった?
「具体的にそういう風に思ったことは無かったんですけど、40近くになってきて本当にリングに上がれなくなる歳が近づいてきて…っていう感覚ですね。
そうなった時に人生を還暦で人括りと考えると、時間が無くなってきたんだな…と。動けるうちにリングに上がっておきたいという欲がでてきた」

▼休んでいる間はプロレス、格闘技の情報というのは入ってましたか?
「逆に趣味で見てました。TVでやってるNOAHとか新日本は毎週見てました。鈴木や武藤さんが全日本でやってるというのも勿論。」

▼復帰戦後、「頭が痛くて帰りたい」とおっしゃってましたね。
「トぺをやった時にどうやって足がひっかかったとか分かんなかったんで。蝶野さんに当たった瞬間に視界が急に床になって、落ちていって頭がピカッてなったんで。それで、どうなってたのかなって知りたくて」

▼元々トぺとかなさってました?
「生まれて4回目ですね。初めては新日本のトップ・オブ・スーパージュニアで小林邦明さんに。2回目はまだライガーが素顔の時に両国で。3回目は映画のタイガーマスク(Vシネマ)の時に。」

 全部覚えてるって凄いΣ( ̄□ ̄;;)!!

▼椅子を持ったりと、蝶野さんとやるときに何をやったらいいか迷われた、と。
「いくら蹴っても効いてるのか分からないし。とにかく人間の体できかないのならば凶器なら効くだろうと。2回やりました。1回やって起きてこなかったんで、2回目もダメ押しで。椅子が2個つながったままでしたけどね(苦笑)。」

佐久間週プロ編集長「楽しそうにみえましたね。プロレスって反則はありますけど、自由なんで。試合序盤にエプロンをめくって何かを探してましたよね?その場面が非常に印象に残ってます。」

「あれは何かあったら鈴木に投げてやろうかなって探してたんですけど。なんかウロウロしてるんで、早くコーナーに戻ってほしいなって。紙テープだらけだったんで諦めました。」

▼今回一番戸惑われたのはコーナー?
「コーナーで待ってるというのが本当に久しぶりの感覚で。やっぱり、ずっとシングルで最後までやってましたんで。タッグマッチという出てない時があるその時間が何していいのか分からなくなるんですよね。待機中のロープの持ち方もこうやった方がいいのかな?こうなのかな?って。落ちつかなくって。
それで気が付いたらまた向こうから鈴木が睨んでたんで、また余計なことするなぁ…って。」

▼あの時間というのはエンジョイされました?
「本当に無我夢中で。何分経過っていうのを初めて聞こえたのが“15分経過”。『あぁ、もうこんなにやってるんだ』って。それでその後も動いてるのが精一杯で。あっという間。復帰戦というか、悪夢でも見ているような感じでした。
なんとなくですけど、自分一人だけ転校生というか、壁がありましたね。新しい学校に急に入って、まだ友達のいないお昼休みみたいな」

 私にとってはかなり夢のような時間だったんですけどね(゚ー゚;A

▼鈴木さんに対峙している時ってのは「船木さんはすさまじいな」って感じましたけど。
「そうですね。あの顔をされると誰でも殴りたくなると思うんですよ。見てる人達はみんな憎たらしいとか思って見てると思うんですよ。世界一性格が悪いかはまだ分からないですけど、日本の中では5本の指には入ると思います。まだ、鈴木ってブランドが海外にいってないですからね。だから一応日本を代表してあの顔を叩きに。下に顔があれば蹴るし。」

▼戦前の鈴木さんからの色んな事を言われていたんですけど、それに関して言い返さなかったですよね?
「そうですね。試合で全部返します。また次も一杯言ってくると思うんで、また溜めて。」

▼実際に当たって船木さんが知ってる“鈴木みのる”じゃなかった?
「それこそ舌を出してみたりだとか、そういう佇まいとか、全てプロレスの世界の鈴木みのるになってますね。」

▼それは認める部分?
「叩くしかないですよね(笑)」



▼試合後には今後の事は翌日に話すと言っていましたけど、その結論はいつごろから?
「全日本の道場で練習を始めて一週間経ってからぐらいですね。動きとかもやってて、昔のまま体も動いてましたんで。これはもうやるしかないな、と。
よっぽど本番でヘマな試合をしたら全日本さんにも迷惑をかけるので、今回限りでってなってたと思いますけど。そういう風に言われない限りは一シリーズでも巡業にも行きたいな、と。色んな地方のお客さんの前で一試合でも多くやりたいです。そういう感覚で2年前に格闘技界に復帰してますんで。」

▼試合をするってことの楽しさは練習をして蘇ってくるところがありましたか?
「次、試合をしたら武藤さんが言ってたように“運転の遊び”の部分が体に出てくると思いますね。昨日の試合は武藤さん、蝶野さん、鈴木がいるシチュエーションでああいう試合になりましたけど、今度はシングルで全く口で攻撃してこない選手とやったら違う試合になると思いますから。」

▼両国で自分以外の試合というのはご覧になりました?
「第1試合から3試合くらいまではモニターで。そのあとはチラチラと。」

▼(ここで現全日本参加メンバーの整理)TARUさんとか絶対絡んできますよねw
「ヒールユニットに誘われるって経験は無いですけど、生まれて一回だけやった事があるんですよね。ドイツの方で。お客さんと思いっきり汚い事をやりましたね。」

▼次期シリーズから参戦するという事で、当たってみたい選手とか、一緒にやってみたい選手とかいますか?
「みんな全員とやりたいですね。それで、自分はどのユニットに入れば良いですかね?」

佐久間編集長「GURENTAIはないですね(笑)」
船木「鈴木と交代したらいいじゃないですか(笑)」

▼開幕戦は稔選手ですけど、以前に接点があったんですか?
「そうですね。藤原組に練習生で来た時に何日間か一緒に。辞める時にちゃんと『辞めます』って言ってきたのは後にも先にも彼一人でしたね。
その後にまた復帰して、一番印象に残ってるのは“HEAT”ですね(笑)。
やっぱり自分はタイガーマスクに憧れてプロレス界に入ったんで、逆にそういう新しいマスクマンになれているという環境が羨ましかったんですね。マスク、貰いたいですね(笑顔)」

 稔選手にとってはあまり触れられたくない部分かもww

ちなみに、船木選手が復帰するということがリリースされた際、稔選手もBLOGの方で船木選手との出会いを書かれていました。

---------------------
■6月10日の稔選手BLOGより
http://www3.tv-aichi.co.jp/bp/minoru/?p=3403

ミノ様は高校生時代に第二次U.W.F.に憧れて船木さんのU移籍第一戦・大阪球場まで鈍行列車を乗り継ぎ乗り継ぎしながら観戦しに行ったからね(o^o^o)
そして18歳の時に一番最初に藤原組の入門テストを受けた時には船木さんに試験官をしてもらって入門許可をもらったんだけど練習についてけなくて辞めちゃって『プロレスラーになるのは無理だったんだな(涙)』って諦めようとした時、俺が辞めた日に歩けなくてブッ倒れてた道場横の公園で俺の目の前で船木さんがフミサイトーさんの取材を受けてて、田舎帰ってから翌週の週刊プロレス見たら船木さんのインタビューで『今日も一人新弟子が辞めちゃいましたから(笑)』って載ってた“(笑)”がムチャクチャ悔しくて『俺は絶対にプロレスラーになってやる!』と再度火が燃え上がり今に至るのを考えると船木さんの“(笑)”がなければ今頃は愛知県で普通に暮らしとるはずだった俺はプロレスラーとして船木さんと闘わないかん運命なのだ!!!!!!!

-----------------

▼23日では河野選手とです。
「河野選手が格闘技界で頑張っていた時は全く分からないですね。写真とかではたまに見た事があるんですけど、どういう試合をするのかは全く。だから河野選手に関しては僕が全日本プロレスに来てから初めて知りました。面白い選手です。
一番楽しみにしてるのは、まだそんなに色が付いていないと思うので同じ境遇という感じがしますね。やっぱり今の自分と河野選手としかできない試合がしたいですね。

▼そして26日には鈴木選手との一騎打ちが組まれましたね。
「鈴木とのシングルは3回目になりますね。同じリングに上がるというのはこの間を含めて4回目です。
復帰するにあたって、最初に武藤さんから提案された時は、まさか一番最初に鈴木と顔を合わせる事になるとは思わなかったですね。
カードを聞いた時には物凄い嫌でしたね
ですけど、3秒で決意しました。嫌だって言ってられないんで。それを言ったらプロとして情けないと。『そうですか…分かりました』と。」

▼船木さんにとって鈴木さんという存在はどういう存在なんですか?
「やっぱり自分の15から40という25年の人生で一番一緒にいた後輩になるんで。
色んな見られたくないところとかお互い知ってるし。そういう意味では多分、鈴木の方が“バツが悪い”と思ってると思います。
ただ、自分は別にそうとは思わないんですよ。だから、別に特にそういう風に意識はしないでいいと思うんですけど…。
特別、嫌いだとかっていう認識は無いです。
ただ、あまりに鈴木の方が暴言とか言うじゃないですか?そう言ってきたからには黙ってられないですよね。そんなに悪い事をした記憶もないのに。だったら思いっきりぶつけるしかないと。」

▼船木さんにとってはやっぱり後輩、と?
「そうですね。それは真実なんで。覆せないんで(笑)。自分にも先輩がいますから、先輩は先輩として接してますけど…」

▼鈴木さんの中では「自分が業界のトップをいってる。そんな所にどうして戻ってこれたんだ?」と思ってるという風に…
「別に鈴木がいるから戻ってきたんじゃないんで。武藤さんがいるから戻ってきたんで。いなきゃいないで別にやってますよ。
全日本のオーナーって鈴木じゃないじゃないですか?なのに、そういう事を言われるってのがおかしいって。
皆がいてこの世界なんで
アイツだけのものじゃないですから。自分、納得いかないですよね」

▼ただ、復帰されて1カ月でシングルが組まれたのは早いなって思います?
「この間の両国で、もう開幕戦の13日にやってもいいって感じでスイッチ入りましたね。もういつでも。3連戦でも良いくらいです。」

▼翌日の会見では「トップをはりたいんだ」っておっしゃってましたね。
「そうですね。武藤さんが物凄く遠く感じましたね。そこまで全然遠いなって。武藤さんと組んでるうちは近いけど一番遠い存在のような気がして。いつかは対角に立ってやらなければいけない存在だと思うんで。それも含めて長くやってみたいと。」

 1年という契約期間を一生懸命走り抜いて、1年後の最後の大きな大会で武藤さんとシングルってのが、一番夢があるかな?
そうなってると凄い。

▼引退はもう?
「一回してるんで、2回目は無いです。次は使ってもらえなくなるまで。」

▼総合は?
「並行はできないですね。巡業とかついていくと無理がありますんで。
ただ、“よっぽど”意味のあるカードが出た時は、“現役プロレスラー”として出ることもあるかもしれません。
あくまで、今の肩書は『プロレスラー』に、両国でなったつもりです。
今まで総合でも肩書は“プロレスラー”なんて書かれてましたけど、それはやっぱりバックボーンだったのかな?って。やってることは全く違ったので。そういうのを含めて最低限の事は」

▼全日本のリングに上がるからにはいつかは三冠とかのベルトは視野に入ってます?
「そうですね。それは所属してる選手はみんな思ってなきゃいけないことなんで。出る限りにはそれを目指して。」

 年末には最強タッグとか、来年春にはチャンカーと。
そこに船木さんがどう入って活躍をみせるのかっても期待しちゃいますね。

▼巡業で一番楽しみにしてる事ってなんですか?
「地方のお客さんの前で試合をするってことですね。自分の事を全く知らないお客さんもいると思うんで。」

▼視聴者からのFAXで『シャイニング掌底』という技を提案されて
「難しいですね(笑)」

▼鈴木さんとの闘いは…
「生涯、どちらかが先に倒れるまで続くでしょうね。絶対に参ったしないでしょうから。勝った、負けたってやってるうちはまだ序の口だと思います。」

▼いずれタッグを組む可能性ってあります?
「自分は別にかまわないですよ。でも鈴木は嫌がるでしょ(笑)」

▼空中技なんかもチャレンジしていきますか?
「そうですね。何度でも挑戦していきたいです。怖いことは何もないです」

▼最後にメッセージ
「無事、復帰できましたんで、これから1年をかけて東京含め地方も一杯回りますんで、全国の皆さん、一杯見に来てください」

==============

 是非、見たい!
これは本当に県内じゃなくても足を運ばないと。
武藤敬司をも震撼させる船木誠勝という人の生み出すオーラ、空気を味わってみたいです。
なんというか、すぐ横をすれ違うだけでも超緊張しそう(^w^;

なんと形容していいのか。
いろんな意味で“威風堂々”という言葉がピッタリなイメージ。
実際は色んな思いや感情もあるのかもしれませんが、基本的に目はまっすぐで、表情の変化も最小限というか。
画面越しでも圧倒されそうでした。

あとは、おそらく1年中続くであろう鈴木さんとの真っ向勝負。
鈴木さんだけでなく、GURENTAIにとっても非常に厄介な相手になるでしょう。
次に鈴木さんが出演された際には絶対にこの日のVTRが流されて、またいろいろ反撃するんだろうなぁ〜(汗)
リング内外、休まる暇もないw


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【NOAH】 副社長のお仕事 【SAMURAI】

 毎週水曜日のSAMURAIのニュース番組『S-ARENA』はゲストMCとしてプロレスラーの方が司会。
今週はNOAHの副社長でもあられる丸藤正道選手でした。




丸藤「本職がようやく来ましたね」

と、しょっぱなから気合満々、自信をうかがわせていたのも納得できる程、過去、その席に座ったレスラーの皆さんの中でも屈指の滑らかな進行&トークぶり。

これは凄いと思いながらニュースをチェックさせていただいてましたが、約10分間のニュースコーナーが終わるやいなや、

「じゃ、あとは佐久間さん、お願いします」

と、解説の佐久間週プロ編集長に進行役をパス(汗)

さすがというか、何というかwww

と、言う事で、残り時間およそ40分は「佐久間編集長の丸藤さんに色々聞いてみよう」に(汗)



■三沢さんから全日本を離れるという旨を聞いたのはどんな時?
 言われたのは酒の席。
軽い感じで「俺、辞めるわ」と。
苦労話を一切しない人で、飲む酒の量、カラオケの選曲が重い感じになっていたので、苦労してるのかな?と、何となく。
アニソン以外の選曲は聞いたことない。
失礼ながら、音域は1オクターブないから歌えない(笑)

言われたら最初からついて行くつもりだった。


三沢さん「パッと後ろを見たら丸藤がいたんだよ」
そしてオチャらける三沢さんの映像に、丸藤さん爆笑w


■旗揚げ戦
 入場は緊張したけど、楽しかった。
舞台裏は緊張もありながら、にこやかな雰囲気だった。
みんな自分が表現したいものをやりやすくなった。

ロングタイツを選んだのは、全日本時代にあまりいなかったから。
当時は革製だったので動きにくかった。

山本レフェリーの髪型が凄い(汗)

 ちなみに、旗揚げ戦解説をしていた井上雅央さん。
白GHC戦以降欠場、入院されていましたが、今日26日に無事退院。
本人が一番気にしてるのは、『足の毛が伸びたこと』だそう(笑)


■01・3・3 NOAHで三沢さんと初シングル
試合後、ダメージからご飯を食べられなかった。
本気のエルボーは「これかっ!?」と。
何かをしないと牙城はくずせないので、予想外の動きを狙っていった感じ。
思い通りにやったつもりだけど、今思えば手のひらで踊っていた気もする。

最後に三沢さんにおぶられて花道から帰ったのは良い記憶。


■GHCジュニア初戴冠
 NOAHというものになって、若手のカテゴリーといわれる中で突っ走って、外敵(高岩竜一)に獲られていたものを取り返したい一心で。


■タッグパートナー・KENTA
 正直、ここまでの関係になるとは思わなかった。
闘いを重ねるにつれ、どんどん追い抜かれる勢いまで彼が成長した。
NOAHになって一番変わった(進化した)人間。

合宿所時代、KENTA、杉浦と3人で原付を乗り回していた。
杉浦さんと丸藤さんは二段階右折でつかまった過去あり(汗)

とあるシングルでケブラ―タの際に鉄柵が喉に直撃。
→マスコミが一度はひいた鉄柵を戻してしまったから悪い(苦笑)
エプロンに立ってしまったので思い切って行くしかなかった。


■vs 秋山・GHCヘビー初戴冠
 入場前に何度もトイレに行ったりと、緊張。
初防衛戦は1週間後のニューヨーク・ROHでのvs N・マッギネス。
彼はホームだと全く違う。
日本だと過小評価されている。
自分のコンディションは悪かったけど、そこは王者としての務めを果たすのみ。


■三沢さんとの防衛戦
 田上、秋山を倒しての一騎打ち。
いつかは挑戦者としていきたかったのが、いつの間にか自分が王者という逆の立場で目の前に立ってたのは不思議な気持ち。
三沢さんの精神面は想像以上で、さらに予想以上の動きをしてきた。
「いけるかなぁ…」と思ったけど、三沢さんへの応援が凄かった。


■膝の調子
 怪我した瞬間は、過去に逆の膝をやった時と同じ音が鳴ってタダ事じゃないと思った。

今は“怖いくらいに”順調。
驚くくらいに回復が早い。
11月に調整して、12月くらいにはいけるかな?って感じ。
過去に逆の膝を経験していたのが幸いしてるのかな?って。
怪我の前の時よりイイ感じ。
かといって、焦るつもりは全くない。


■三沢さん、死去。
 寝ようとしていた時に一報を聞いた。
冗談かと思ってたら、連絡が入ってきて、車でいこうとおもったけど、亡くなってしまい、翌日に。
ショックはショックだったけど、実感は“沸く訳がない”。
人の話も全く耳に入らず、涙も一滴も出なかった。
「色んなものが重なって起きてしまった」としか言いようがない。

これで恐怖しながらやっていくのじゃなくて、僕らは僕らでしっかりとやっていくのみ。
決して、「死と隣り合わせ」ってことを強調していくんじゃなくて、楽しい部分を。

あまりに影響が大きいので、『家族』に近い人。
無理やりやらせるような人じゃなくて、自由にやらせてくれる人だった。


■副社長から見る田上社長
 一見、「大丈夫かな?」と思う人も多いかとおもいますけど、プロレス感はしっかりした人ですし、人望、信頼も厚い人なので適任。
リング上の姿より、リング外の方がカッコいい。

過去にすべりにくい話というコーナーで田上さんをネタにしたVTR。

「ある控室での話。メールで“田上さんがダンロップのスニーカーを履いてるw”というメールを他の人に送ったら、それが田上さんに送ってしまっていて…。
どうしようかとパニックになってる中、その瞬間、目の前にデカイ足がドン!!そして、『何か文句ある??』と。」

今でも、超冷や汗。
田上さんがいい人で良かったと心から思った。
(丸藤さんにとってダンロップのスニーカーというのは若いころの思い出であり、心のツボ)
それを考えると不思議な縁。


■副社長就任
 そういう役所に任されて、大変だけどNOといったら、何も変わらない。
やるしかない。

NOAH番の記者の証言
「前向きな人で記事にしやすい。全体的に明るくなって風通しが良くなった気がする。欠場期間が長いとパワーが下がってしまうので万全な状態で復帰してください」

「クレバーな人。コッチの聞きたい事をすぐ察してくれる。自分の頭で考えてる。謎かけも多いので取材していても面白い。お腹すいてると2,3時間待たされ、眠くなったといってコーヒーを奢らされる事がある(笑)」

「試合後とかは気軽に話してくれるけど、酒の席では大変。杉浦さんと組むと倒れるまで飲まされ、タクシーに蹴飛ばされる。復帰戦もそういう目にあわされるのは確実なので、できればもう少し復帰は…」

空腹の時は機嫌が悪いそうです。


就任2か月経過。
その間、若い人間が上の人間にプレッシャーをかけているので面白い。
お金を払ってお客さんには来ていただいてますけど、一緒に作り上げていきたい。仲間という関係で。


■デビュー11周年
スタッフからは何もなし(笑)
丸藤さん、ガッカリ(汗)

あっという間の年月。
そろそろ落ち着いてるよりは焦ってやった方がいいのかな?と。


■メッセージ
「三沢さんの追悼興行は、三沢光晴というレスラーがNOAH,そしてプロレス界の宝だったというものを表現できる良い大会になると思いますので楽しみにしていてほしい。
僕も膝をしっかり完治させて年内にはしっかりと戻ってこようと思うので、陰ながら応援してください。」

そして来月にはついに30歳!
「三十路パーティー開催するしかないよね!」

丸藤「そしてNOAHがより良いものになる様に頑張っていくしかないです!」


+++++++++++++++++++++

 欠場中でリングの上での活躍は見られませんが、それ以外の場所ではいつも通り、面白くて口が巧くて(笑)、楽しい丸藤さんでした。
大抵、この曜日に司会をされるレスラーの皆さんは緊張でグダグダになるか、ある意味開き直って自由にやっちゃう人のどっちかですが、丸藤さんは丸藤正道というのを全く崩さず、自然に番組が進行されていた気がしました。

たった、10分間ほどですけど(;´▽`A

ニュースや会見のリリースが少ない日でよかったですねw


 さて、来週はみんな大好き、新日本のブルージャスティス・永田さん!

これは、解説席には“永田LOVER”の三田佐代子アナか、“名コンビ”の金澤さんしかいないかな(^人^ )

楽しみ、楽しみ。


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【プロレス】真壁さんと三田さんは名(迷?)コンビ
 18日のSAMURAI『Sアリーナ』に新日本・真壁刀義選手がゲスト出演されてました。

このお方も三田佐代子アナウンサーとの掛け合いが最高に面白い一人だけに、まるで漫才のような場面もあって、笑いの絶えない凄く楽しい放送になってました。

--------------

真壁「どーも♪どーも♪」


超上機嫌(笑)

やっぱり出てきた。大好物のモンブラン(笑)
出てくるなりハイスパートでガッツガツww
三田さんの質問を食べる“ついでに”解答。


三田「優勝してから、正直全然休めないですよね?」
真壁「(モンブランを食べながら)全然休んでねえよ。寝不足だよ、毎日。コノヤロー!仕事だよ、全部取材だよ。コノヤロー。」

真壁「なんで綺麗なお姉ちゃんがいねえのよ?」。
三田「\(^▽^)ハーイ」
真壁「……イラッとした…。」


一転、超不機嫌に(笑)


しかし、更に沢山のモンブランを出され、静かに親指を立ててたのは見逃しませんよ(笑)


■今週の週プロの表紙
「カッコいいだろ。俺、カッコインだよ(笑)」


■G1スタート
「大森にとられた時は正直、迷走しそうになった。本当に「何やってんだろ?」、ヤバイと思った。大阪という所も過去にアキレス腱を切った場所だから思い出すよな。意識はしないけど、頭の中に残るよな。」

「棚橋は今のスタイルは認めてないし、楽々いけると思ったけどそうはいかなかった。」

「TAJIRIは初めて会ったのはロス道場での修業時代。その頃には既に全米で一番有名なのに変にオーラを隠すんだよな。アイツの方が有名なのに背中丸めてたり。後ろ歩いてる俺の方が体がデカイから目立ってジロジロ見られたり。『コイツの方が有名だぜ』って。
そんなヤツと一騎打ちができて嬉しい部分と、後がない状況でそんな事を思ってられなかった部分があった。
TAJIRIは全体を通してもスタイルを貫いてたよな。
ただ、田中将斗もだけど、オマエらが棚橋、棚橋って言うなら、オマエらをぶちのめして俺が一番になってやるって思った」

「田中は去年火祭りでいかれてるから。その前のバーナード戦で負けたけど、真っ向勝負っていう自分のやり方に間違いはないって覚醒したところもあって、その後でよかった。田中自体は認めてる。凄いやつだけど、俺はもっと凄い」

「矢野とは終わってんだよな。それが、裏切られ、頭カチ割られたその場所でもう一回やるとはな。でも、別れた女に興味はない。でも、得点状況もあって負けられなかったよな」


■決勝トーナメント
「杉浦は昔組んでたけど、その時と同じくらい闘争心を持ってた。準決勝以上に対抗戦だった。アイツはココまで何人ぶちのめした?そういう事だよ」



■キャリア12年での栄冠
「12年は本当にあっという間だったよ。今があるからだけどよ。今の地位がどの程度か分かんねえけど、その辺の“新日本の顔”だって言われてる奴ら以上の内容を見せてる自信はあるよ。」

三田「そういえば“時代が俺みたいなのを求めてる”の、“俺みたい”ってどんな人ですか?」
真壁「(蝶野さんの様なポーズを決めながら)俺みたいなイケメンだよ・・・…ダメか?…オマエ、後でぶっとばすぞ(笑)」
三田「(笑)何でwww何でこんなに当たりが強いのwで、賞金はまだ使えてない感じ?」
真壁「使えてねえよ。俺、何回オマエらと顔合わしてんだよ(笑)」
三田「体中痛い?」
真壁「体中痛いんだよ。」
三田「お姉ちゃん、はべらさなきゃいけないのにね〜?」
真壁「はべらすよ。意地でもお姉ちゃん、はべらすよ♪」


■棚橋欠場。ベルト返上
「しょうがねえよな。決勝やってる俺と中邑しかいねえんだし。ぶちのめしてやるよ。ベルトは間違いなく俺のもの。
やっぱりよ、ガキの頃から見てて、この世界入ってペーペーの時代から上の先輩達を見てて、早くコイツラからベルト獲りてえって思って、12年経ってリング上で出す闘い方、やっと少しづつ認められてきて(ここまで来た)。客がようやく気づいたよな」


■本間朋晃
G1後のパーティーでの本間選手へのインタビューが流れる。

真壁「(VTRを見て)本間、何を言ってんのか分かんねえよwww」

本間選手のインタビューを見ながら「バーカ」なんて言いながら笑ってる表情が凄く印象的w

そんな中、ある方からFAXが。

「真壁さん優勝おめでとうございます。優勝インタビューの時に『本間のおかげで頑張れた』とか言ってくれた時、男気感じてドキドキしました。これからもGBHで新日本掻き回していきましょう」


“本間朋晃”


真壁「!?オマエかよwwwヤローwwどういう事だよww」

まさかのご本人からのFAXwww
本間さん、ちゃんと見てんだwww


■崔領二からの対戦要求
真壁「いいんじゃねえの。」


■邪外興行でのハードコアマッチ
「余裕だよ、バカヤロー。後藤、足引っ張んなよ」


■真壁選手と一緒にブドウ狩り企画実現!
素敵なイベント告知!

+++++++++++++++++
▼ “あの”G・B・H真壁、本間と行く、9/14秩父大会観戦バスツアー開催!!
http://www.njpw.co.jp/news/article.php?nwid=10574

 ツアーにはサムライTVの取材班と三田佐代子アナウンサーも同乗、スペシャルトークショーを行ないます。
「G1 CLIMAX 2009」覇者と一緒にバスの旅&ぶどう狩りを楽しもう!!

■期日
9月14日(月)
■集合・出発
AM11:40集合・PM12:00出発
■集合場所
新宿・都庁大型バス駐車場
■ツアー代金
20,000円
内訳:交通費(バス代・有料道路代等)・選手との撮影会・秩父大会特別リングサイド券
ブドウ園内食べ放題・夕食費
■募集人員
40名
■最小催行人員
25名

(新日本公式HP)


++++++++++++++++++

真壁「おぉ、素敵ぃ!」

三田さん&本間朋晃選手も一緒。

真壁「オマエらも来んのかよwwブドウ?好きに決まってんだろ。嫌ってほど食べるぜ〜」

まさかのパートナー不評(笑)
しかし、三田さんもご一緒となると、今日のような漫才ぶりが目の前で見られるんですね。
楽しくなりそうですw


■6歳の女の子から「おもちゃ買ってください」
真壁「おい6歳w(笑いをこらえながら)バカヤローwww親に買ってもらえww」

FAXの枚数は番組史上最高だったそう。
他にも子供人気が物凄い。

真壁「子供ファンには優しくしないとまずいだろ。後でどんだけ訴えられんだよw小さいころは俺もプロレス見てたねぇ。大きくなったらこうやって人を殴るようになるんだよ(笑)」
三田「ダメっ(笑)リングの中だけよ!!(必死にフォロー)」

そういう事は言っちゃダメ(笑)
夢を、ね、夢をもたせないと、ね(゚ー゚;A

■子供ができたら刀義と名付けます
真壁「止めとけ! 刀義はまずいだろ(笑) もっと考えろw」

自分も、止めた方が良いと思いますw


■最後の挨拶
真壁「G1は獲った。次はIWGP。ぶんどって、てめえらにもう一回言ってやる。とりあえず、G1、サンキューな」

三田「おぉ……。ねぇ。あんまり普段こういうこと言わないのに。そういう事(ニヤニヤ)」
真壁「………だからなんだよ、コノヤローッ!!(照れ笑い)」


この時の照れ隠しの表情とかが最高すぎましたww


可愛すぎますww


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【プロレス】マグナムTOKYO は変わってない(^人^ )
復活したマグナムTOKYO選手がSAMURAIに初登場!
1

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▼久しぶりに帰ってきた実感は?

マグナムTOKYOは久しぶりでピンとこないですね。まだ試運転段階。
団体(DRAGON GATE)を離れてちょうど2年。リングで戦わなくなってからは2年8カ月。

離れたキッカケは眼下底骨折。実はその前から内臓とか、結構悪かった。その間に手首だとかを手術して、「頑張ってみようかな?」と思ったら、腸が動かなくなって入院していた
それで、だんだん「もういいかな?」とか思ってきちゃって。元気も出てこないし、「潮時かな?」とも。
あと、本来の飽きっぽさから「プロレスをやめて違う事をしようかな?」という気持ちもあって。
プロレス自体に嫌気もあったかな?
新しい世界が見たかった。

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眼下底骨折や内臓が悪いというのは休養発表会見の時に話されていましたが、なんだかその話以上に色々悪かったみたいで。
スーパースターというのはどの業界でも命を削って夢を見せてるんですね…。


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▼休業期間は?

休業中はイベントのプロデューサーとか舞台の演出とかを。
普通にアルバイトの子達と交まじって楽しかった。
見えないものが見えた楽しい時間だった。いずれ死ぬんだから楽しもうと。

あと、空手「大道塾」の講師として一人で南米コロンビアへ。
元々プロレスをやる前は今の全日本空道連盟「大道塾」の内弟子をやっていたから。
プロレス以前の格闘技の原点。
自分の人生の半分くらいになるので、原点回帰という事で久しぶりに真面目に。
ブラジル支店設立のお手伝いもさせていただいたりしまして。
自分を見つめなおす事ができてよかったなって思いますね。

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コロンビアでの活動日記はHPで公開されていたので存じていましたが、イベント業なんかもやっていたとは!
驚きました。


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▼プロレス界への復帰

体の調子が良くなったから。

それまでは本当にひきこもりで、近所のパチンコ屋さんに行くぐらいでしたから。
あと、それまで見る事がなかったような連ドラを毎週欠かさず見たり、週刊誌の発売日を楽しみにしたり、スーパーに買い物に行って新鮮な衝撃を感じたりするうちに「運動しようかなぁ〜」と。
凄く新鮮で楽しかった。
そんな中、「久しぶりに運動しようかな?」って。
去年の今頃、家の前を30分散歩するところからはじめた。
最初は3日で足が痛くなって死にそうになってた(笑)

プロレス情報は全くといっていいほど見てなかったですね。
というか、元々選手時代も見たりはしてなかったですし。
闘龍門、DRAGON GATE時代からGAORAも加入してなかったですからw

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GAORAさんぁ〜ん、凄い事言ってますよ〜www


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▼謎の探偵アラン黒木としてハッスル復帰

ハッスルに出る2日前くらいに設定を聞いて、それからビデオ屋で探偵ものをレンタルしたりして。
バイク屋とか見に行っちゃたりしてね(笑)
何でもやってやろう、と。

「百の顔を持つ探偵」だが、実際は4つ。
背伸びして7つ。
他はこれから(笑)
最初は3回くらいで終わりかな?と思ってた。

年間興行数が少なくて、結構ギャラがいい。
体にも優しいし、システムもキッチリしてる。
30を越えてちょうどいいかなと(現在36歳)。
年間100試合とかは自殺行為。
もう無理。
体が動かないっすね(笑)

「新しい可能性」とかそういうカッコいい理由は特に(笑)
ただ、楽しそうだなって。
そこが自分にあってるかな?と。
体に無理せず時代にあった生き方を。
散歩して3日で足が腫れるんだから(笑)

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探し求めたのは、どこかの工藤ちゃんですね(笑)
自分から前向きに行動されたとのことで嬉しい限り。
休養時は本当に暗い顔をしてたから…。

100試合は無理となると、DRAGON GATEへの復帰はもう無いですねw
でも、一度くらいは顔を出してほしいなぁ〜。
みんな知らない顔ばかりで、未知の世界何だろうなぁ(;´▽`A


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▼HGのポテンシャル

非常に芸人ながら運動神経もスタイルもいいので凄いな、と。
見ながら拍手してました。テレビで活躍する芸人さんだけに表現力とかは流石だなぁって。
マグナムTOKYOの表現は仕事でしたから(笑)
純粋に勉強になりましたよ。

ただモンスターになっちゃって。
あれもいいかな?と思いますよ。
でも、HGとはもう少しやりたかったなぁって。

あと、仲良くしてれば民法の番組も出れたかな?ってw
やましい気持ちが8割だったかなww
すぐに携帯の番号も聞いた。

------------------

ダークサイドな心も正直に吐露するのもマグナムTOKYO(笑)
変わってなくて逆に安心しました(笑)


----------------
▼シングル3連戦

ハッスルも結構きつい事要求するなって(汗)
闘龍門、DRAGON GATE時代もシングル自体が殆どない。
仕方ない状況に追い込まれて仕方なくするという感じで。
結構、大変なんです。

----------------


----------------
▼マグナムに戻った理由

本当、会場の雰囲気、勢いでつい言っちゃったんすよね(笑)

まぁ、一つはそろそろクビになるかなって不安感もあって。
あとは、ハッスル軍に重鎮がいなかったから。
割と若手や身近な人達ばかりで。
それで言ったら結構反響がでかくてビックリ。

テーマ曲音源が見つかったのが先週。
コスチュームも見つからなくて製作中。
間に合うかどうか分からない。
あと、ダンサーも今週の水曜日に初めて顔合わせして久しぶりに踊ってみたが全然できなかったね(笑)
しかもダンサーの一人は練習するって聞いてなかったw

テーマ曲は『TOKYO GO』。
本当は『Mr.EGOIST』というオリジナルもあったんですけど、ハッスルからの厳しい要望で。
6年ぶりだから尚更覚えてない。
セクシーさを復活させるため、こんにゃく畑をとってますよw

-------------

音響の版権とかDRAGON GATEのカラーを出さないようにするためとか?
TOKYO GO!かぁ。
懐かしいなぁ〜。

タイツの中にお金を入れるのは無し??


-------------
▼天龍さん

マグナムにとって欠かせない方。久しぶりに凄く緊張しました。
DRAGON GATEの龍魂10番勝負も半分しかやっていない。志半ばで終わってしまったので。
「遠慮しないでやっていけ」と有り難いアドバイスも戴いたんですけど、
いかんせん探偵だったのでどう出していいか分からなかった。

-------------

天龍さんもまさかここで再会するとは思わなかった?


-------------
▼他のハッスルメンバー

気になるのはあーちゃん
平仮名ですぐ読めたから。
隠されたポテンシャルは知ってますし、派遣レスラーという響きは俺も似たようなものなので。

--------------

WARの同志ですからねw
今も派遣レスラーで繋がってしまってるのは、奇妙な縁ですね(^w^;


---------------
▼久々のプロレスのリング

新鮮でした。お客さんの目で見ていたので、初めて現場に入った時の後楽園ホールは社会科見学のようだった。
「まだまだできるかな?」と思ったのは、ミサイルキック等を体が覚えていたのを感じた時。
あとお客さんの声援。

23日が新たなスタートライン。
今後はいい加減な喋りとか、後先考えない発言は気を付けてw
今日も生中継だと知らなかったですから(笑)
「これ何の番組ですか?」とか聞いてスイマセンでした(汗)

-----------------

ちょwwwマグナムさんwww
自分のお仕事の内容把握はしっかりとwww


-----------------
▼メッセージ

行き当たりばったりで雰囲気でマグナムTOKYO復活とかしてしまいましたけど、おそらく23日後楽園ホール大会が新たな再スタート。
エンターテイメントの世界と、黒木個人として武道も勉強していますので、エンターテイメントと武道の両立。
そして新しいマグナムTOKYOを期待していてください。


----------------

戻ってきた時のソバットのキレを三田さんから褒められても「でも所詮探偵でしたからね(照)」とw
これからはそれがちゃんと生かされることになるんでしょうw

コスチュームも間に合うように祈るばかり。

あぁ〜、マグナムさんが本当に変わってなくて嬉しかったなぁ〜。
3

23日のハッスル後楽園ホール、注目です!



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